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静岡地方裁判所 平成元年(ワ)508号 判決

原告

加藤俊幸

右訴訟代理人弁護士

興津哲雄

被告

セイシン・ドライビングスクール株式会社

右代表者代表取締役

須田徹

右訴訟代理人弁護士

田辺克彦

田辺邦子

田辺信彦

主文

一  被告は、原告に対し、金二四四万二〇〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三一〇万八〇〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、車両運転免許の技術習得に関する事業等を営業目的とする株式会社で、もと商号を株式会社静清自動車学校と称し、清水市鳥坂字久保二三七番地に本店をおいていたが、平成元年七月二五日、商号を現商号に変更するとともに肩書地に本店を移した。

2  原告は、昭和四四年八月一八日、被告の会社に入社し、当初は、自動車運転免許取得に要する学科のうち自動車構造に関する指導員として、昭和四八年からは、学科全般の指導員として勤務し、時折は運転技能指導を補佐することもあった。

3  原告は、被告の当時の代表者石川毅(以下「石川」という。)から監査役に就任することを要請され、昭和六一年六月三〇日から同六三年一二月二七日まで被告の監査役の職にあった。しかしながら、監査役就任後も原告は、従前とかわらず学科指導員としての職務に従事していた。

原告の監査役当時の昭和六三年中の給与(報酬含む)は、基本給一八万五〇〇〇円、役付手当一五万の合計三三万五〇〇〇円であったが、監査役退任後の平成元年一月の給与は、基本給一八万五〇〇〇円に役付手当五万円の合計二三万五〇〇〇円であった。

4  原告は、被告のオーナーから退職を勧告されたことから、平成元年一月三〇日をもって被告を退職した。

原告は、二年半にわたり監査役の職にあったものの、前記のとおり、それは従業員兼務の役員であったから、退職にあたり、少なくとも従業員としての退職金は、被告の退職金規程に則って支給されるべきである。

現に被告は、昭和六三年一二月二四日、原告に対し原告が退職した場合の退職金は、退職金規程により金三一〇万八〇〇〇円である旨通告している。

5  仮に、原告が被告の監査役に就任したことにより、従業員としては被告を退職したものと解するとすれば、原告は、被告に対し、その退職金規程に則り、従業員としての退職金を請求する権利を取得した。

そして、原告は、監査役就任時において勤続期間一六年一〇月、基本給月額一八万五〇〇〇円であったが、被告の退職金規程もしくは退職金支給の慣行によれば、勤続期間一六年で会社都合による退職の場合、基本給の13.20月分の退職金を支給することとされている。

6  よって、原告は、被告に対し、従業員兼監査役としての退職金三一〇万八〇〇〇円あるいは予備的に従業員としての退職金二四四万二〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち、原告が平成元年一月三〇日をもって被告を退職したことは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

5  同5の前段の事実は認める。同後段のうち、原告が監査役就任時において勤続期間一六年一〇月であることは認めるが、その余は不知。

6  同6の主張は争う。

三  被告の主張

1  被告の会社には現在有効な退職金規定は存在せず、従業員に対する退職金支給率表が存在するにすぎないから、役員である原告に退職金を支払う理由はない。

2  また、原告は、監査役在任当時次の(一)ないし(四)のような懲戒解雇の対象となるような行為を行ったのであるから、被告としては、原告に対して退職金を支払うべき義務はない。

(一) 原告は、被告の前代表者であった石川と共謀して被告を食いものにした。すなわち、原告は、被告の支払うべき源泉徴収税等の税金、社会保険料を全く支払わず、地代を二年分以上支払わなかったほか、未払地代の催告並びに契約解除の予告の内容証明郵便が地主からきてもこれを放置し、学校用地の賃貸借契約を解除されて営業の継続を不可能にしてしまったほか、約束手形も不渡にした。その一方で、原告は、石川と二人でフィリピン、香港、台湾等海外へ数回外遊して回ったり、飲食を重ね、私用に用いるための新車を次々に購入したりして浪費した。

(二) 原告は、監査役として会計監査をする義務があるのにこれを怠り、石川以外の者が経理にタッチし、もしくはチャックすることをさせず、石川が簿外収入を発生させることを可能にした。

(三) また、原告は、簿外でサラ金の太陽商事株式会社から会社名義で二〇〇万円の借入を行い(原告は連帯保証人になっている。)、これを費消する一方、その借入金の返済を怠った。

(四) さらに、原告は、会社を長期欠勤し、そうでないときでも無断欠勤が多く、勤務態度が不誠実であり、昭和六三年一二月及び平成元年一月は殆ど出勤していない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

(一) 被告の会社に退職金規定と題する文書が存在しないとしても、従業員に対する退職金支給率表が存在することは被告の自認するところであり、退職金支給率表が作成され(昭和五九年頃)た後、昭和六三年一二月頃までの間に被告の会社を退職した従業員はいずれも右支給率表に基く退職金の支給を受けていた。したがって、被告の会社にあっては、右支給率表自体が実質的な意味での退職金規定であり、または、支給率表に基く退職金支給がすでに明確かつ確立された慣行となっているのであるから、賃金としての性格を備えるというべく、退職した従業員は当然に支給率表に基く退職金請求を有するものである。

(二) また、被告の会社は、昭和六三年一二月二四日、代表取締役名義で原告に対し、退職金が金三一〇万八〇〇〇円である旨通知し証明しているから、仮に、被告の会社に退職金規定が存在せず、かつ、その支給の慣行が存在しないとしても、右は被告の会社における退職金支給の明確な意思表示であるから、原告において、その受益の意思を放棄しない限り、被告は原告に対し、右通知・証明にかかる退職金支給義務を負ったものである。

(三) なお、原告は、登記簿上被告の監査役に就任した後も、従前とかわらぬ学科指導員、運転技能指導補佐の職務に従事していたものであり、従業員兼務の役員であるから従業員としての退職金部分については商法二六九条の適用はないと解すべきである。

2  被告の主張2の事実は否認ないし争う。

(一) 原告は、石川と共謀しまたは単独でも被告の会社を食いものにしたことはない。

被告に税金、社会保険料、地代の滞納があり、約束手形が不渡になったとしても、経営に関与することなく、学科指導の職務に従事していた原告の関知するところではない。地主からの内容証明郵便も手にしたことはない。

原告は、一度だけ石川と二人でフィリピンに出かけたことがあるが、これは、石川から誘われた個人的旅行であり、要求された費用を石川に支払っているし、会社資金により飲食したり、車両を購入したことも全くない。

(二) 原告は、株式会社の形式を整えるために、名目的に監査役就任を要請されたもので、その選任のための株主総会も開かれておらず、会計監査の実質的権限はなかった。仮に、原告があえて会計監査を行おうとしたら、岩辺及び石川らによって、その時点で監査役を事実上解任され、さらには従業員としても退職させられたであろう。

原告が石川以外の者が経理をチェックするのを妨害した事実も全くない。

(三) 原告は、被告の借入金を費消したことはないし、被告の借入金の返済が遅滞しているとしても、前同様の理由で原告の関知するところではない。

原告は、昭和六〇年九月、一〇月に、被告会社の代表者である石川から、「給与支払いの金がない。どこか融資先を知らないか。」と相談を受け、知人が在籍する太陽商事株式会社を石川に紹介し、同会社の求めにより、被告の借入について連帯保証し、かつ、担保設定にも応じたのであって、むしろ被告の窮境を救ったものである。

(四) 原告は、これまで無断欠勤をしたことはなく、昭和六三年一二月及び平成元年一月に殆ど出勤していないとする点も事実に反する。

原告は、昭和六一年八月から同六二年一二月の間(但し、途中昭和六二年六月から八月までは出勤している。)、病気(胃がん、くも膜下出血)のため欠勤したことはあるが、この間休職にされている。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、原告は、被告の監査役就任後も従業員を兼務していたとして従業員として退職金を請求するので判断する。

商法二七六条によれば、株式会社の監査役は会社又は子会社の取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることができないものとされているが、その趣旨は、監査役の監査機関の性質上、取締役又は支配人その他の使用人から隔離し、その職務の公正を確保しようとするにあると解されるから、会社の使用人が監査役に選任され、その就任を承諾したときは、監査役との兼任が禁止された従前の地位を辞任したものと解するのが相当であり(最高裁第三小法廷平成元年九月一九日判決判例時報一三五四号一四九頁参照)、この理は、会社がいわゆる中小企業であっても何ら異なるところはないというべきである。

したがって、原告が監査役就任後も従業員を兼務したことを理由として、従業員としての退職金を請求することは、監査役在任中に懲戒解雇の対象となるような行為があったか否かにかかわりなく、できないものというほかない。なお、原告の監査役としての退職金請求については、定款にその額の定めがあること又は株主総会の決議があったことについて何ら主張、立証がないから、請求できないことはいうまでもない(商法二七九条参照)。

三次に、原告は、被告の会社に昭和四四年八月一八日従業員として入社し、昭和六一年六月三〇日監査役就任により退職したことを前提として従業員としての退職金を請求するので判断する。

1  原告の被告の会社における従業員としての勤続期間が一六年一〇月であること、原告が従業員としての退職により、被告に対し、退職金規定に則り、退職金を請求する権利を取得したことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、原告が被告を退職した当時の被告の退職金規定がどのような内容のものであるかを明らかにする証拠はないが、〈省略〉によれば、被告の退職金規定には、退職した従業員に支給する退職金については、従業員の勤続期間、退職事由に応じて〈証拠〉のような定めがあったものと推認するに難くなく、右〈証拠〉によれば、原告のような一六年一〇月勤続の従業員が法律上の兼務禁止の事由により退職した場合には、退職時の基本給月額の13.20月分支給するものと規定されていたものと認めるべく、〈証拠〉によれば、原告の退職時の基本給月給は一八万五〇〇〇円であったと認められ、右認定に反する証拠はないから、原告が請求し得べき退職金は、計算上二四四万二〇〇〇円となる。

四よって、原告の本訴請求は、被告に対し、従業員としての退職金二四四万二〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官塩崎勤)

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